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初七日を迎えて

今日は初七日です。

もう1週間経つんだ。
はやいね。

モアちゃんの亡くなる少し前のことから。

呼吸が苦しそうだった14日(火)の夜。

15日(水)、16日(木)も、楽ではなさそうな様子が多くなって来ていましたが、
それなりにご飯も食べてお水も飲んで、モアちゃん頑張っていました。

お散歩って言えるほどではないけれど、
排泄のために外に出れば自分の力で歩いていました。

Cimg0526
(↑17日夜撮影)

16日の夜は、ご飯もしっかり食べてくれて、
病院の先生には厳しい現実を言われてしまったけれど、
これならば、まだしばらくは大丈夫なのだろうと思っていました。

この日の夜は殆ど寝ていなかったのではないかと思います。
頻繁に寝苦しそうに姿勢を変えて、時にはワンワン言うので抱っこしてあげたりの繰り返し。
モアちゃんをベッドに戻すと、しばらくは横になって寝ているように見えましたが、
また苦しそうに姿勢を変えてを、何度も何度も繰り返していました。

Cimg0527
(↑17日夜撮影)

17日(金)の朝、ご飯は一口も口をつけず、
お薬を仕込んだチーズと、ヤギミルクを少しで朝ご飯終了。
前日からウンチが殆ど出ず、ポーズをするものの出てこなくて、
お腹も張ってきて辛かろうと、浣腸薬を使いました。

しばらくして沢山出して、大分スッキリしたのかもしれません。

この日、私は会社へ。
出勤前に見たモアちゃんは、やっと眠れたみたいで寝ていて、
安心して家を出たのでした。

結局はすぐに起きてしまいワンワン言ってたそうですが…
(見ていてくれた母より)

17日(金)の夜ご飯、大好きだったつくねとおからのハンバーグに、
須崎先生の栄養スープをかけたものを完食。

もっと食べそうだと、追加で持っていったら食べませんでした。
ハンバーグは冷凍したのも終わっちゃったので、他のだったからかも。
いつあげても食べが良いのでまた作ってあげようと思っていました。

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(↑レオンと並んでいるのですが、モアちゃんは苦しそうに頭を上に上げていました。)

18日(土)の11時頃、レンタルした酸素室の準備が出来ました。
通常は20%くらいの濃度が酸素室の中は30%ちょっとです。

Cimg0534
(↑酸素をつくる機械。管が酸素室に繋がっています。モアちゃんの救世主だと思った。)

入れてみたところ、最初はちょっと不服そうでしたが、
珍しく舌が引っ込んでいて、きっと呼吸は楽になったのだと思います。

Cimg0531

この日の朝ご飯はあまり食べてくれず、
プライムケイズの鶏ササミチーズを半分くらい。
他の、レバーソーセージなどは食べてくれず、
ササミチーズの他は、手作りご飯のスープ部分を少しなめてお終い。

酸素室で楽そうな様子のモアちゃんに、キートス君ママさんが茹でた馬肉を下さいました。
(たぶんキートス君のオヤツだったのかしら。)

Cimg0533

馬肉をモアちゃん食べたので、もしかしたら今なら何か食べるかもと、
朝ご飯だったワンコカレーを持ってくると食べてくれたのです。

この時に、ママさんに「何かあげてみたら」と言って頂いて良かった。
最後まで、モアちゃんが好きなものを食べさせてあげることが出来ました。

そのまましばらく酸素室に入っていて、私もお部屋に一緒にいました。

12時過ぎに、「出せ〜」と大騒ぎしていたので、
私も昼食をとろうと1Fへ。
モアちゃんも、急に酸素室の中に入りっぱなしでは嫌なのだろうと一緒に。

そのまま2時くらいまで1Fで過ごしました。
お水もお皿を持っていくと自力で飲んでいました。

2時頃ベベとワンワン言い合って。
そろそろおトイレもしたいだろうと抱っこしたモアちゃん、
こんなこと初めてだったのですが、頭がダラ〜ンとしてしまいます。

外を歩かせる状態ではないだろうと、再び2Fの酸素室へ。
その時の写真が生前最後のものとなりました。

Cimg0535

同じ部屋で私もウトウト横になっていました。
3時半か4時頃、モアちゃんがワンワン言ってるのが聞こえました。

酸素室の中の方が楽だから、もうちょっと入っててねと、
そのまま私がウトウトしているうちに、モアちゃんも寝てくれました。

いいえ、寝たように見えただけだったのかも。

生きているモアちゃんを感じたのは、これが最後でした。

酸素室の中は楽に過ごせるだろうと思い安心してしまったの。
連日寝不足だったため、睡魔に勝てなかった私。

6時頃、病院に薬を取りに行かなくちゃ!!
と飛び起きて(木曜日に診てもらって、薬はあとで取りに行くことになっていた)
酸素室の中のモアちゃんは寝ているように見えたので安心し、

ついでだったので酸素室の中に入れておける温度計を買って家に帰ったのが7時頃。

モアちゃんの様子を見に行った時には、
まだ温かいモコモコの身体が、もう硬くなり始めていました。
酸素室内のモアちゃんを見た瞬間の嫌な予感。

出掛ける時と同じ姿勢のまま横になっていたのです。

最後の最後での後悔。
4時頃にワンワン言ってた時に、なんで抱っこしてあげなかったのだろうかと。
悔やんでも悔やみきれません。
モアちゃんが呼んでいたのに・・・
だから、何時頃亡くなったのかが判らないのです。
6時頃、いや、4時半頃にはもう息をしていなかったのかもしれません。

ただ、とっても都合の良い解釈かもしれないけれど、
お顔はとっても穏やかで、苦しかったような様子は見られませんでした。

その前の何日かは、昼も夜も、呼吸が苦しくて、
モアちゃん全然眠れなかったのでしょうね。

8月に入ってからは、痙攣発作も夜中に何回かおこしていました。



それが、酸素室の中で楽に呼吸が出来て、
やっと眠れたのに安心して、そのまま眠り続けてしまったのだと思います。

もうどうにもならないだろうと思いつつ、
お世話になっていた病院へモアちゃんを連れて行きました。

先生方が、ちょっと開いていたモアちゃんのお目々を閉じてくださいました。

私を慰めるためだったのでしょうけれど、
先生が仰るには、
「これから先は頑張って生きている姿は辛そうな姿でもあるはずだったのだから、
身体の状態の割に穏やかな顔をしていて苦しくなかったのだから良かったんだよ」
って。

直前までワンワン言っていたこと、
ご飯も食べたこと、先生は驚かれていました。

この日も普通にいつも通りに、
我が家での今までの毎日と同じように過ごしながら、
そのまま逝ってしまったのです。

せっかくの酸素室、たった半日しか使うことが出来ませんでした。
こんな狭いところ嫌いだもん!!!
って思っちゃったのかな。

「星守る犬」って本(漫画)ご存じですか?
西田敏行さん主演で映画にもなったのでご存じの方も多いかと思います。

続編の、「続・星守る犬」のあとがきに、

「誰かが自分のことを必要としていてくれている」と感じたり、「誰かが自分のことを待っていてくれる」と思えることは、きっと何よりも「幸せ」なことだと思います。

と作者が書かれています。

モアちゃんと過ごした時間の中で、
特に癌が進行してしまった後半は、
まさにそんな感じだったなと、つくづく思うのです。

必要とされてて、
待っててくれて、

本当に幸せな時間を一緒に過ごすことが出来ました。

保護犬さん達は、一番の目的は里親さんを見つけてあげることかもしれません。
モアちゃんみたいに、それが叶わない子もいますが、

あの日、転移が確認された2月11日の病院で、

早ければ3ヶ月の余命宣告にショックを受けながら、お薬が出るのを待っていた待合室で、
先のことを考えて一番に頭に浮かんだのは、

「このまま自分がモアちゃんのお世話をしよう」ということでした。

すぐに代表とケイトさんに報告と自分が看たい旨、
取り急ぎでお願いメールを携帯で入れたっけ。

だからモアちゃんは私の子なのです。
これからもずっと。

いつか虹の橋で再会した時に、
「なんであの時にワンワン言ったのに気が付いてくれなかったのよ」
って、きっとモアちゃんに怒らるのでしょう。

その日までバイバイ、またね。
大好きなモアちゃん。

Moa

たくさんの応援とご支援に支えられました。

どうかモアちゃんを思い出す時には、最後の方の姿ではなく、
元気だったころの、ハチャハチャと走り回っていた頃のモアちゃんを心の中に残してあげて下さい。

本当にありがとうございました。

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モアちゃん」カテゴリの記事

コメント

まだまだお辛いでしょうに、モアちゃんの最後を詳しく教えてくださりありがとうございます。
先月友人のワンコが16歳で亡くなりました。
もうお歳のワンコでしたから元気いっぱいということはなかったのですが、それにしても調子が悪そうだったので病院に連れて行ったら、心臓が弱っていると言われたそうです。でも、お薬をもらったらいつものように戻って、ご飯もちゃんと食べて、翌日も普通に過ごして、短いお散歩もして、そして具合が悪くなった翌々日の朝、いつも通りの様子だったので、「お留守番よろしくね」って言って仕事に行って、帰宅したら亡くなっていたそうです。「まさかそこまで悪かったのかと驚くと同時に、最後までいつものように見送ってくれてうれしいやら、悲しいやら・・・」そう言われていました。
私たちが思うより犬の方が大人で強いのかもしれません。
モアちゃんも「私は大丈夫」そう言って旅立って行ったのではないかと私には思えます。どうかあまりご自分を責めないであげてください。いえ、よくがんばったモアちゃんと一緒にご自分もほめてあげてください。
きっと今度はモアちゃんがkeikoさんを見守ってくれていますよ。

投稿: yaeko | 2012年8月24日 (金) 21時13分

モアちゃんの元気な写真、本当にかわいいですね。
愛されているという自信と幸せに輝いていますね。

最後までご飯を頑張って食べたのは、おいしい、お腹がすいた…だけではなく、ご飯にkeikoさんの愛情がたっぷりと感じられたからなんでしょうね。

最後の時…自分で100パーセントしてあげれたというような後悔のない送り方はなかなかできないものでしょうね。
こんなこというのは気休めにしかならないかもしれませんが、モアちゃんは旅立つ時もkeikoさんをそばに感じていたと思いますよ。

一度もお会いできなかったけど、遠くからだけど、私にもわかることはあります。
モアちゃんはkeikoさんに愛されて心の底から幸せだった、ううん、今も幸せなんです。

投稿: くりのお母さん | 2012年8月25日 (土) 15時09分

もう1週間が経ったのですね。
シニアになって捨てられてしまっても
病気になってしまっても、そのすべてを受け入れて
今日を一生懸命に生きるモアちゃんの姿に
たくさんの勇気と頑張る力を頂きました。
ワンちゃんの存在って、一緒にいるだけで楽しくて温かいキモチになって、
亡くなるその時には頑張ることの大切さと潔さを教えてくれて
悲しみが癒えた頃には思い出すだけでほんわかと優しいキモチに包まれまて、その小さな身体でワタシたちを
とっても幸せにしてくれますものね。
まだまだ悲しみは癒えないと思いますが、落ち着かれたら
元気だった頃のモアちゃんのあんなコト、こんなコトを
聞かせて下さいね。

投稿: urutemi | 2012年8月25日 (土) 16時20分

もう初七日なのですね・・・。
モアchanの最後の時をいろいろ教えて下さって、ありがとうございましたm(_ _)m
モアchan、最後までモアchanらしく過ごして、旅だって行ったんですね。
きっと酸素室の中で気持ちよく眠りについたまま、虹の橋を渡ったと思います。
私がモアchanに会ったのは2月で、どうやら余命宣告の後初めてなみきsanに行かれた時だったようです。
でも、本当にモアchan、綺麗でした!
飾り毛がひらひら!して、力強いお目々をしていました(^^)
私の中のモアchanはその時のまま!です。
そうそう、こんな地味なもの着せちゃダメよ、って言いましたね(^^;)
だってモアchanにはやっぱり、オレンジ色とか赤とかピンクとか、綺麗な物がいい!って思ったんだもん。
まだまだ気持ちが落ち着くには時間がかかるかもしれませんが、暑さに負けないようにお身体ご自愛下さいね。
今度会ったら、またモアchanのいろんなお話、聞かせて下さい!

投稿: nojinyan | 2012年8月25日 (土) 23時49分

yaekoさんへ

ワンちゃんの方が強くて潔いのかもしれませんね。人間の方がいつまでもメソメソしちゃって…
お友達のワンちゃんも、最後までいつもと同じように暮らして、いつも通りにお仕事に行くママを見送って、きっと大往生だったことは幸せなことなのでしょう。でも残された方はメソメソしちゃうのですけれど…

こうして書くことも、沢山の方に見守られていたモアちゃんなので、きっと「もっと可愛い写真載せてよ!!」なんて見ているのかな、なんて思ったり。
思い出しては泣いてしまうばかりでなく、
思い出話も出来るように、すこしずつ気持ちが落ち着きました。
預かり仲間から頂いた未公開写真もありますので、機会をみてご紹介していかれればと思っています。


・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


くりのお母さんさまへ

元気だった時の写真、先日プチ預かりでお世話になっていた方からも沢山頂きました。
思い出話と共にご紹介していきたいと思っています。よろしかったらこれからも時々ブログをのぞいてみて下さい。

最後のワンワン、どうしても後悔が残ってしまうのです。同じ部屋の、横で寝ていたのに何にも気がつけなかったから。
それくらい静かに眠るように逝ってしまったのだと思っても、やっぱり悔しいのです。
せめてそばに居たことを感じてくれていたらと願っています。

遠くからの応援ありがとうございました。
お目に掛かる機会はありませんでしたが、
どうかモアちゃんの明るい笑顔を、くりのお母さんさまの心にも残してあげていただけたら嬉しいです。
くりちゃんも頑張り続けてくれますようにと願っています。

投稿: keiko | 2012年8月28日 (火) 10時38分

urutemiさんへ

酸素室の手配から荼毘に付すまで、
本当にたくさんお世話になりましたこと、
感謝しています。
そうですよね、フワフワの身体とはお別れしてしまったけれど、
ホンワカと優しい、温かい気持ちは残してくれました。
次回お会いする時には、あんなことこんなこと、楽しかった思い出話にお付き合い下さいね。

ありがとうございました。


・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆


nojinyanさんへ


そうでした、モアちゃんとnojinyanさんがお会いしたのは2月でした。
お耳の飾り毛がヒラヒラしていて、お目々も力強くいつも前を見ていて、
本当に可愛いパピヨンちゃんでした。
最初の頃は飛び跳ねるようにお散歩していたんですよ。
その頃の写真、たくさん残っていたのを頂きましたので、すこしずつご紹介していこうと思っています。

ネコさんの方にもまた遊びに行きますね♪

投稿: keiko | 2012年8月28日 (火) 10時47分

keikoさん

まだまだお辛いと思います。
沢山モアちゃんの自慢話をしながら涙してくださいね。

でも旅立つ様子をブログで拝見して。
モアちゃんもう充分満足だったのだと思いました。
Keikoさんにはありがとう!ありがとう!って吠えていたのではないでしょうか。

うちのショコラもお友達のわんこたちもちょっと寝ている隙に旅立っていました。
慌てて病院に行ったり、ショックを受けて欲しくなくてあえてその旅立ちをモアちゃんが選んだのだと思います。

普通旅立つ一週間前から食べなくなりますがお医者さんがびっくりしていたようにモアちゃんは食べていたんですよね。
よほどKeikoさんのご飯が美味しかったんですよ。

本当にパピヨンはプライドの高い犬種なので潔く旅立ったモアちゃんを誇りに思って後悔しないでくださいね。

私のブログにもモアちゃんの旅立ち方を知って思うところがあったので記事にさせていただきました。


投稿: りばば | 2012年8月30日 (木) 17時31分

りばばさんへ

ブログ拝見しました。
ありがとうございました。
読んでてまた涙がでちゃったけれど・・・

潔く旅立っていったモアちゃんでしたが、
それもモアちゃんが望んだことだったのかな。
好きなように、楽しく過ごしていて、
身体がこれ以上辛くなる前に、自分で決めて逝っちゃったのならば、それはそれで良かったと思わなくちゃいけませんね。

モアちゃんの自慢話、秘蔵写真頂いたりしたのもありますので、少しずつ書いていこうと思っています。

投稿: keiko | 2012年9月 1日 (土) 00時05分

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